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2008-07-13

失業中の仏さん

 東川沿いを行くと、東新井と牛沼のちょうど境目に、境橋という小さな橋がある。浦所街道からでは、東新井町信号と若松小学校信号の間、デニーズの脇を南へ入っていったあたりだ。

 ここに小さな石仏がある。東新井庚申塔と言うそうだが、かなり痛みが激しく、かなりの年季と見受けられる。
P1050070.jpg


 それもそのはず、左側面に記された建立日を見ると、「寛政十戊午8月吉日」とある。寛政10年と言えば1798年、210年前のことだ。

 右側面には「武州入間郡下新井惣村講中」の文字。イッシーのホームページによれば、下新井村は1889年に周辺3村と合併して松井村となったそうだから、やはり建立はそれより以前ということになる。

 『松井の石仏』(松井公民館編 所沢図書館所蔵)によると、正面に刻まれた仏像は「青面金剛」と言うそうた。

 青面金剛は日本の民間信仰の対象で、干支で言う庚申の日(60日に1度)に人々が集まり、神仏を祀って徹夜をする行事「庚申講」の本尊という(by Wikipedia)。この東新井庚申塔のように、「見ざる、言わざる、聞かざる」の三猿とともに青面金剛が彫られるというのが、庚申塔のスタンダードらしい。

 また、別のネット資料によると、青面金剛は六つある仏の種類で言うと「垂迹」にあたり、「悪いヤツラをやっつけるホトケ」なのだそうだ。

 さらに、『松井の石仏』に面白い記述を見つけた。
「いぼとり、魚の目とりに御利益があるそうで、いぼができると庚申様に土で作った黒だんごを供え、その後いぼがとれてなくしてくれたら米で作った白いだんごをお供えします、と唱えてお祈りをしていたと言うことです」
なんとなく、往事の情景が目に浮かんでくるようだ。

 以前は橋の反対側にあったと、すぐ脇のお宅で聞いた。ただし、このお宅も縁起などはご存じなかったから、庚申講も今は昔、青面金剛も失業中ということか。

 でも、なぜ橋の欄干に鍋?
P1050071.jpg
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