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2008-08-12

東川源流を辿る旅①-柳瀬川合流点~柳瀬公民館

滝の城址地区

 東川は、荒川の支流のまた支流、わずか11.46kmの極短の川だが、所沢で生活するものにとって、何かと縁が深い川だ。
 その終わりは柳瀬川に注ぐが、源流を辿る旅も、そこから始まる()。
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 東川が流れ込む地点から、柳瀬川の上下流数㎞は、最近、アユの遡上が見られ、休日ともなると釣り人の姿が濃くなっている。

 合流点から関越道を上流にくぐったほとりには、滝の城跡公園が広がる。テニス場や野球場を備えた運動公園である反面、その名前の由来である滝の城跡を背後に控えた歴史的名勝ともなっている()。
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 この滝の城は、もともとは戦国時代に山内上杉氏の属将・大石氏によって築城され、のちに小田原を本拠とした北条氏康の次男・氏照によって、八王子の滝山城の支城とされたという。いまでも、その城名の由来である滝跡が段丘に残されているが、滝打つほどの水量はいまはない。
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 滝の城跡本丸跡。いまは城山神社となっている。

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 城名の由来である滝跡。枯れ沢だが、わずかに湧き水が流れる。


 また1975年、滝の城跡本丸南側の崖からは、大雨で崩れた斜面から、7世紀頃のものとされる黄穴墓群が9基、人骨や須恵器、金環(銅線の輪っかに金メッキを施した古代のイヤリング)などとともに発見されている。いまだ未発掘の部分も多く、相当数の黄穴墓がいま眠っているとみられている。
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 滝の城跡本丸南壁から発掘された金環。


 柳瀬川への合流地点からは川沿いに進めないので、いったん清柳橋に戻り、北上して、塩野商店の交差点で、もう一度川岸に戻るように旧浦所街道を東へ進む。城下橋手前で細い道を右折すると、再び川岸に出る。ここからは、しばし高い護岸が続く()。
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 川岸の細い道をさらに道なりに進み、突き当たりを左へ。関越道の下をくぐると、左手に再び東川が見える()。
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 さらに進み、隣接した柳瀬小の信号で、オリンピック道路を左折。次の信号手前を左折すると、柳瀬公民館第2駐車場に突き当たる。その角をまた左折すると、柳瀬小につながるニコニコ橋に出る()。
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 ニコニコ橋から下流方向を臨む


 ニコニコ橋から逆戻りして、突き当たりまで来ると、左手に柳瀬公民館の立派な建物に出会う。ここは図書館の分館や体育館も併設した総合コミュニティ施設となっている()。
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 その柳瀬公民館の真ん前、ふと見ると、「城第二号取水ポンプ所」と書かれた古びた門柱がある。
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 ちょうど点検に訪れた所沢市水道局の職員さんに聞くと、ここはその名の通り、水をくみ上げる井戸だという。ただし、ここ自体は非常用の水源とされ、平常時は使われていないそうだ。しかし、渇水時や断水路などは、ここから給水車などで地域に水を供給するのだと言う。職員さんによると、同様の取水ポンプ所がほかに、市内に40か所ほどあるといい、多くが常用の水道水としても使われているとも言う。所沢の水道水は、半分が地下水というのもうなずける。

 柳瀬公民館入口からオリンピック道路を、もと来た方向に右折。すぐの信号を左折して、源流を辿る旅は続く。
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