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2009-01-22

今夜はどこで何を喰らおうか~シントコ食べ歩きマップが登場

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 「回遊性のある街」というのは、全国の商店街が街づくりに取り組む際、必ずと言ってよいほど掲げられるテーマのひとつだ。あっちの店、こっちの店と出入りして、そのつどお金を使わなくても、1人の滞在時間が永ければ永いほど、街の賑わいが得られ、結果的に全体に落ちるお金が多くなるという考え方だ。

 その点、物販はいざ知らず、飲食店、特に飲み屋に限っては、新所沢はそもそも回遊性の高い街だ。「回遊性」と言うとカッコよく聞こえるが、要はハシゴする呑んべえが多いということだ。

 そんな新所沢で今年に入ってすぐ、「シントコを美味しく、楽しく」と銘打ち、新所沢駅周辺の飲食店を紹介した『shinpo 食べ歩きマップ』が登場した。
 53店舗も掲載した本格的な飲食店ガイドは、おそらく新所沢でははじめてのことではないだろうか。居酒屋からバー、焼き鳥などの飲み屋をはじめ、ラーメン屋や寿司、カフェやカレー、イタリアンなどのレストランまで、多種多様な店の集積は、いまさらながらに新所沢の懐の広さを感じさせる。掲載店はマップ上に番号で示されているので、道案内もお任せだ。

 『shinpo』というネーミングには、中心になってこれを発行した「新所沢飲食店倶楽部」に集う若手経営者7人(高山商店グラップルエル・ボラッチョ炎家ブコビッチトンボ)の思いが込められているという。曰く、「街に出て、賑わいある空間と時間を楽しめるという思いを込めた造語」(「はじめに」より)だとのことで、新所沢の通称である「シントコ」と「進歩」「散歩」などをかかけているそうだ。

 この7人が、「何か街を盛り上げる面白いことやりたいね」と集まったのが2008年の秋口。それから毎週1回のミーティングを重ね、コンセプトを練り込んだそうだ。ガイドマップ作りを決めてからは、開店前の時間を使って、手分けして掲載協力の依頼に奔走した。協力店からの掲載料1万5000円と、所沢市の「商工業若手経営者グループ研究事業助成金」約20万円を得て、完成にこぎ着けた。いわば〝街ぐるみ〟で作ったガイドマップといえるだろう。

 『shinpo』は、上記7店のほか、掲載店や市役所、フィットネスのわらわら航空公園店DOODLIN'ROBOTカリプソ&ロケットなどの美容室で配布されている。制作した2万部すべてを配布しきるまで、まだまだ配布場所は拡大中だ。
 経営者の代替わりが進む新所沢で、若手7人が仕掛けた取り組みがどんな実を結んでいくのか、今後も注目していきたい。

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人が集い、語らう。それが「シントコ」の魅力だ



■インタビュー 新所沢飲食店倶楽部 三木渉代表(高山商店)
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 「代表者なのは、単に一番年上だったから」と照れる、今回の発行元「新所沢飲食店倶楽部」代表の三木渉さんにお話を聞いた。

--シントコの若手呑んべえには「コース」になっている店が集まってますね

 そうですね。比較的店主同士も仲が良く、お客さんも行き来している店同士で「何かやりたいね」って話で盛り上がったのが最初でした。
 でも、ぼくたちも店を始めるずっと前からこの街で呑んでいて、チェーン店ではなく個人店が多いこの街が好きで店をやって来たので、自分たちだけで何かやったら、その魅力に気付かせてくれた先輩たちにも失礼だし、ただの仲良しクラブで終わってしまうので、街全体を巻き込めるものをやりたかったんですよね。そんな話から、今回のガイドマップというアイデアが自然と浮かんで来たわけです。


--今回、完成までにはいろんな人たちの協力があったとか?

 やっぱり、何と言ってもいろいろなお店が掲載してくれないとガイドマップになりませんから、まず掲載店の方々の協力がなければできませんでした。
 それから、ぼくたちのような若造の話にも新所沢の飲食店の先輩たちが耳を傾けてくれて、いろいろな協力を快く引き受けていただいたことも大きかったです。また、お客さんからのアドバイスなんかもすごく力になって、たとえば市の助成金なども、お客さんから教えてもらったんですよ。
 それと、編集やグラフィック関係で協力してくれたみんなにも、とても感謝しています。


--掲載店やお客さんの反響はいかがですか?

 まだまだ配布場所を拡大中なので、成否はこれからだと思いますが、今のところでは、掲載店さんからは「普段と違う込み方をする日があって、これも『shinpo』効果かな」なんて声を頂いたり、お客さんからは「なかなか出来映えがいいね」と、とりあえず好評です。
 ぼくとしては、完成したときのみんなの笑顔が一番でしたね。ぼくなんかも、嬉しくて一日中笑ってましたし。
 それと、あらためて地域の同業の方々と交流が持てたのが、とても大きな財産になりました。なかなか、飲食店同士って知り合う機会が少ないですから。
 そんな中で、「問題は来年、再来年と続けていけるかだよ」と、先輩たちから声をかけてもらっています。その通り、単発のお祭りで終わるのではなくて、ずっと続けていくことで、本当に街の活性化につながるガイドマップにしていきたいですね。それと、このガイドマップをきっかけに、イベントの開催など、さまざまな展開につなげていきたいと考えています。
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2009-01-05

焼きいもで祈願する三富の初詣

 所沢の初詣と言えば、所澤新明社山口観音(金乗院)狭山不動尊と言ったところが有名だが、中富の多聞院も、それなりの人手で賑わう。

P1000738_2.jpg 多聞院と言えば、春のぼたんで有名だが、この地域の歴史と密接に関わる寺でもある。

 この地域は元禄9年(1696年)に川越城主・柳沢吉保によって拓かれた開拓地で、この中富に上富・下富の三か村を併せて「三富開拓地」と言う。現在も遺る地割(区画)は、「三富開拓地割遺跡」として埼玉県の史跡に指定されている。多聞院は開拓の際、入植者のよりどころとして建てられたものだ。

 そのお隣の神明社も多聞院同様、宝暦11年(1761年)に開拓民の鎮守の社として建てられたもので、「富(とめ)の神明様」として親しまれてきたという。元は一体だった両者は明治初期の神仏分離令で組織と財産は分けられたものの、今でも境内にはっきりした区切りはなく、神社と寺をはしごできるという、いかにも宗教にこだわりのない日本人的参詣が可能になっている。


 その神明社の一風変わった正月の風景が、毎年元旦と2日に行われる「焼きいも祭 いも神様報恩感謝祭」だ。2日間で3000本の焼きいもが参詣者に振る舞われる。
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P1000727.jpg いもと言えば、お隣の「川越いも」が有名だが、実はその発祥はこの三富地域。川がなく水利が悪いうえに、栄養分が少なく水はけの悪い関東ローム層(赤土)が広がるこの地域の開拓は当初、大変困難を極め、ヒエ・アワぐらいしか収穫できなかったそうだ。

 そこで寛延4年(1751年)、隣の南永井村の名主・吉田弥右衛門が、そんな土地でも良く育つというサツマイモの種いもを上総国(千葉県)から取り寄せ試作してみたところ、これが成功し、この地域に広まったという。当初は飢饉用として育てていたが、後には江戸で流行った焼きいも屋用の商品作物にもなり、貴重な現金収入源ともなったそうだ。

P1000728.jpg 神明社では2006年12月、そんな川越いもの作り始めから255年を記念して、甘藷乃神(いものかみ)をまつる社を建立した。お祭りは、この甘藷乃神に感謝するとともに、この地にいも作りをもたらした弥右衛門と、関東のいも作りの始祖といわれる江戸中期の儒学・蘭学者、青木昆陽の功績を讃え、地域の歴史を文字通り噛みしめるというのがその趣旨だ。

 お祭りでは、いもを貰った参詣者が次々と社前に置かれたいも型のオブジェを撫でていた。立ち働く氏子の一人に聞いたところによると、このオブジェは「なでいも」と言い、撫でることで、サツマイモのたくましい生命力にあやかって、健康や家内安全、子孫繁栄が祈願できるそうだ。

 初詣に付きものと言えば普通は甘酒だが、来年は焼きいもを目的に出かけられてみてはどうか。


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             多聞院の身代わり寅。災いを託して納める。

■三富地域の歴史

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