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2008-08-30

こつ然と現れた巨大コインパーキング-新所沢駅西口再開発はマンションに決着

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 ここ数年、かまびすしく議論されてきた新所沢駅西口再開発問題に、結論が見えてきた。市が主導してきた再開発計画は結局、2001年にとん挫。その後、いったいどうなっていくのか、住民の間で絶えなかった疑念と不安も、一応一段落しそうだ。
 この間の経緯については、「新所沢駅西口再開発問題まとめサイト」に詳しいので、そちらを参照されたい。

 この再開発の方向性を、目に見えてハッキリさせたのが、再開発の焦点となった駅前団地跡地にこつ然と現れた、巨大コインパーキング(図中B、写真左)。すったもんだの挙げ句が駐車場では、結論としてはかなり寂しい。加えて、駅の真ん前が駐車場というのも、イメージが悪い。そんな感想を持った方も多いはずだ。

新所西口 しかし、地権者調べてみると、(株)フージャースコーポレーションというマンションデベロッパーが、今年3月28日に所有権を登記していることがわかった。それに先立つ2月29日、同社では「(仮)新所沢プロジェクト」として、用地取得を発表。もとの地権者であるUR都市再生機構(旧公団)の公募譲渡により落札している。
 落札価格は公開されていないが、登記事項要約書によると、同社では約1209坪(約4000㎡)の用地を抵当に、埼玉りそな銀行より30億円の資金供給を受けている

 フージャースは1994年創業。会社設立より9年9か月で東証一部上場という急成長を果たしている。『日経ビジネス』(2006年5月2日付)によると、2004年マンション供給ランキングでは、首都圏では1439戸の17位だが、埼玉県で832戸の1位と、埼玉を主たるエリアとする。ちなみに、社長の廣岡哲也氏はリクルートコスモス(現コスモスイニシア)の出身だ。

 では、いったいどんなマンションが建つのか。
 同社によれば、2008年8月現在の予定では、総戸数230戸、20階以上のタワーマンションということだ。着工は2009年4月からで、2011年3月の竣工を目指しているという。1~4LDKまで取り揃えるが、中心は3LDKで、家族向けマンションとなるそうだ。

 購入の予定のない近隣住民には、低層階がどうなり、どのように街づくりと関わっていくのかが一番気になるところだ。都市再生機構からは、「商業もしくは事業所施設を含める」という譲渡条件が出されている。
 この点をフージャースに確かめたところ、駅側にはカフェを誘致し、南東のパルコ側からは、パルコ・レッツ間の遊歩道を延長する形で一般通行可能な歩道を設置。歩道両側にはショップ用店舗物件を配置する計画だという。
 ただし、以上は現段階の予定に過ぎないのでご注意を。確定的な計画は、この10月までには公表し、現地看板による掲示や、近隣説明会等を開くという。

 ちなみに、突然駐車場が現れたのは、「つなぎ」のためというより、雑草が生い茂って近隣に迷惑がかかるためだという。新所沢パルコによると、この駐車場は2008年9月より提携を開始するそうで、これまで通り1000円の買い物で1時間、2000円で2時間が無料になるという。ただしこれも、来年4月の着工までの話だ。
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 一方、南プラザとラオックスに挟まれた街区(図中A、写真右)はどうなるのか。都市再生機構埼玉地域支社によると、これも公募による民間への譲渡になるという。すでに今年7月1日~8月1日までの応募を締め切り、現在は選定作業中とのこと。結果は今年10月29日、県庁記者クラブで記者発表する。ちなみに、一般には支社事務所の掲示板に掲示するだけで、ウェブサイトにも掲載しないという。同支社にはこの点、情報公開の悪さを指摘しておいた。

 ここもフージャースの取得用地同様、商業もしくは事業所施設を含めることが条件とされている。他業種も関心を示したが、結局はマンションデベロッパーの応募がほとんどだったという。この傾向はフージャース取得用地も同様だったそうだ。担当者によると、「低層階に商業施設の入ったマンションとイメージされていいと思う」と話している。

 この二つの街区は以前、新所沢第4団地が、駅に正対するようにして立っていた場所だ。リンク先の写真を見ていただきたい。真ん中が新所沢駅。その右手が西口。その前に4棟立っているのが第4団地だ。団地の向こうは、いまはパルコがある。新所沢の街は、このようにしてはじまった。

 写真で、団地の後ろに控えているのが「新所沢名店会」と名乗った駅前マーケット。ロの字型の昭和レトロな空間で、最後の時期は半分以上シャッターが閉まったままだったが、惜しまれながらも取り壊しとなった。4棟立ての団地の向こう側の2棟、そしてロの字型のマーケットがある場所に、いまはコインパーキングがあり、手前2棟のある場所が、今は譲渡先決定を待っている。

 「マンション」という新しい血が入り、新所沢の街がどのように展開していくのか。「おしゃれ」なだけで中身のない、ディズニーランドのミニチュアのような街だけには、なってほしくない。


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2008-08-18

東川源流を辿る旅③-川端橋~東新井庚申塔

牛沼地区

 弘法橋から先は、右に畑、左に東川を見ながら、遊歩道を進む。よく晴れた日には、空の広さが気持ちのいい道のりだ。

 しばらく進むと、東小学校の前に、人ひとり通れるほどしかない小さな川端橋に出る()。この橋のたもとにも、両岸に川辺へ降りられる階段が設けてあり、水草が植えてある。この辺りでは毎年7月下旬、新河岸川流域川づくり連絡会主催の川まつりも行われていて、その際の観察では、オイカワやモツゴ、ヨシノボリ、シズエビなどが見つかるそうだ。
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 国道463号線の牛沼交差点から来る新しい道を渡り、さらに川沿いを進む。長栄橋のたもとで右に曲がり、すぐの突き当たりを左へ。この辺りから、右手の畑の向こうに大きな鎮守の森が見えてくる。神明神社の参道を右に曲がった先が「牛沼市民の森」だ()。傾斜地にクヌギ、コナラ、シラカシなどが生い茂り、脇には竹林もある。うっそうとした林に、夏でも涼しげな風が抜ける。参道をさらに進んで階段を上ると、急に視界が開けて明るくなり、神明神社の境内に出る。まさに、鎮守の森だ。森の手前には、火の見櫓も残されている。
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 参道を戻って右に曲がり、最初の角を左へ曲がると、再び東川へ。中橋から上流は、ちょうど工事の真っ最中()。しばらくは仮設の暗きょとなり、水面とはおさらばだ。少し進むと、防音壁で囲まれた工事の中心部があり、立て看板や掲示により工事の詳しい説明がある。要するに、治水対策のために、川の下に土管を通して、もうひとつの〝川〟を作ってしまおうというものらしい。工事の詳しいレポートは、別掲の大成建設のウェブサイトに詳しい。
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 仮設の暗きょがとぎれると、加美橋に出る()。この辺りからは、護岸壁にもつたで覆われ、川岸の緑が一層濃くなってくる。ふと橋のたもとを見ると、亀と鯉が仲良く日向ぼっこしていた。
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 加美橋を渡った突き当たりを右へ少し行くと、鶏舎の脇に馬がつながれているのが見えた()。道の反対側が店になっていて、地鶏卵や烏骨鶏の卵などを売っているそうだ。
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 さらに上流方向へと進むと、前方から「わっしょい、わっしょい」と元気のいい子ども御輿に出会った()。先導する男性に聞くと、牛沼地区の子供会のお祭りだとのこと。川沿いを中心に練り歩き、長栄寺まで行くのだとか。うまく息が合わずに、御輿が斜めになっていたりするのが微笑ましい。
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 その次に現れる小さな橋、境橋のたもとには、「東新井庚申塔」と言うかなり年季の入った小さな石仏がある()。

■大成建設ウェブサイト コラム「立ち話」
・「東川」地下河川工事は目立たずひっそりと
・曲線が多く川幅の狭い「東川」に地下河川築造
・所沢市「東川」の水害対策地下に新たな河川を整備

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2008-08-14

東川源流を辿る旅②-東所沢電車区~弘法橋

松郷地区

 オリンピック道路を松井公民館前の信号で左折したら、最初の十字路を左へ。急な階段を息せき切って登ると、住宅街の一角に出る。目の前の土手の上が見えるところまで進むと、この土手の上が大きな車両基地になっているのがわかる。正式には東所沢電車区という()。これだけの数の電車が横並びしているのは、なかなかの壮観だ。
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 階段を下り、先ほどの十字路を突っ切ると、再び東川沿いに出る。ここからは、所沢市街を抜けるまで、徒歩か自転車であれば、完全に川沿いに進むことができる。

 川沿いに進んで、最初に右折できる道が稲荷橋()。この橋を渡って突き当たりを右へ進むと、柳瀬歴史民俗資料館がある。
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 稲荷橋を渡らずに、右手に川を見ながら進むと、急に視界が開け、日比田橋に出る()。橋の下にはカルガモの親子が、のんびりと泳ぐ姿が見えた。日比田橋の向こうに広がる畑では、「日比田調整池建設予定地」の看板も。
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 日比田橋から大きなマンションの脇を進むと、川沿いの遊歩道で何やら作業をしている一群があった。作業中の方に話を聞くと、この辺りの住宅街、東所沢二丁目自治会の有志、「花いっぱいの会」の皆さんだとのこと。市の「花と緑のオアシスづくり事業」の受託事業として、毎月第1、第3土曜日に除草などの作業(冬期は休止)をするとともに、このスペースに季節の花を植えているという()。この時は彼岸花を植えたばかりだったので、晩夏から初秋にかけて、きっと赤く可憐な花が彩ることだろう。
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 また、この辺りの遊歩道からは、所々川岸に降りられるよう階段が設けられたスペースがある。
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 東所沢駅前から来た道を新日比田橋端で横断。さらに進むと、松郷工業橋に出る()。その名の通り、対岸には中小の工場や倉庫などが立ち並んでいる。
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 少し進むと、急に道幅が狭くなり、左手に所沢浄化センターという浄水場が見えてくる。その中ほどからは、ごうごうと処理済みの下水が、東川に流されている()。1日平均5万8330m3というからかなりの水量だ。なるほど、この放水口より上流は急に川の水量が減る。
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 松郷橋の信号を過ぎ、いずれ県道126号線(所沢堀兼狭山線)につながるであろう作りかけの道を渡る。この辺りから、所沢の名物でもある桜並木が川沿いに並びはじめる。そして、コンビニのある弘法橋の信号を右折して、橋を渡ると、上流に向かって川を左手に見る川岸に、遊歩道が始まる。岸も階段状に整備され、子どもを水遊びさせている親子ののどかな風景も見られる()。
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 弘法橋を渡って真っ直ぐ進むと、その先には松郷庵甚五郎がある。昔から所沢市民に信頼されてきた味はいまも変わらない。そばも旨いが、うどんに定評がある。
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2008-08-12

東川源流を辿る旅①-柳瀬川合流点~柳瀬公民館

滝の城址地区

 東川は、荒川の支流のまた支流、わずか11.46kmの極短の川だが、所沢で生活するものにとって、何かと縁が深い川だ。
 その終わりは柳瀬川に注ぐが、源流を辿る旅も、そこから始まる()。
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 東川が流れ込む地点から、柳瀬川の上下流数㎞は、最近、アユの遡上が見られ、休日ともなると釣り人の姿が濃くなっている。

 合流点から関越道を上流にくぐったほとりには、滝の城跡公園が広がる。テニス場や野球場を備えた運動公園である反面、その名前の由来である滝の城跡を背後に控えた歴史的名勝ともなっている()。
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 この滝の城は、もともとは戦国時代に山内上杉氏の属将・大石氏によって築城され、のちに小田原を本拠とした北条氏康の次男・氏照によって、八王子の滝山城の支城とされたという。いまでも、その城名の由来である滝跡が段丘に残されているが、滝打つほどの水量はいまはない。
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 滝の城跡本丸跡。いまは城山神社となっている。

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 城名の由来である滝跡。枯れ沢だが、わずかに湧き水が流れる。


 また1975年、滝の城跡本丸南側の崖からは、大雨で崩れた斜面から、7世紀頃のものとされる黄穴墓群が9基、人骨や須恵器、金環(銅線の輪っかに金メッキを施した古代のイヤリング)などとともに発見されている。いまだ未発掘の部分も多く、相当数の黄穴墓がいま眠っているとみられている。
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 滝の城跡本丸南壁から発掘された金環。


 柳瀬川への合流地点からは川沿いに進めないので、いったん清柳橋に戻り、北上して、塩野商店の交差点で、もう一度川岸に戻るように旧浦所街道を東へ進む。城下橋手前で細い道を右折すると、再び川岸に出る。ここからは、しばし高い護岸が続く()。
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 川岸の細い道をさらに道なりに進み、突き当たりを左へ。関越道の下をくぐると、左手に再び東川が見える()。
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 さらに進み、隣接した柳瀬小の信号で、オリンピック道路を左折。次の信号手前を左折すると、柳瀬公民館第2駐車場に突き当たる。その角をまた左折すると、柳瀬小につながるニコニコ橋に出る()。
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 ニコニコ橋から下流方向を臨む


 ニコニコ橋から逆戻りして、突き当たりまで来ると、左手に柳瀬公民館の立派な建物に出会う。ここは図書館の分館や体育館も併設した総合コミュニティ施設となっている()。
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 その柳瀬公民館の真ん前、ふと見ると、「城第二号取水ポンプ所」と書かれた古びた門柱がある。
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 ちょうど点検に訪れた所沢市水道局の職員さんに聞くと、ここはその名の通り、水をくみ上げる井戸だという。ただし、ここ自体は非常用の水源とされ、平常時は使われていないそうだ。しかし、渇水時や断水路などは、ここから給水車などで地域に水を供給するのだと言う。職員さんによると、同様の取水ポンプ所がほかに、市内に40か所ほどあるといい、多くが常用の水道水としても使われているとも言う。所沢の水道水は、半分が地下水というのもうなずける。

 柳瀬公民館入口からオリンピック道路を、もと来た方向に右折。すぐの信号を左折して、源流を辿る旅は続く。

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2008-08-12

凛と張りつめて-能面美術館

 東川沿いも西新井に入ると、雰囲気が一変する。春の名所である桜並木も、ここばかりは木陰も濃く、一層風情が増す。

 そんな西新井地区のちょうど中心あたり、千歳橋の端に能面美術館がある。幕末期に建てられたという威風堂々たる長屋門に、重厚な銘木の看板が目を惹く。
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 この美術館を運営するのは、能面作家の福山元誠さん。福山さんは、工房としてここで作品を創りながら、その一部を展示している。2001年4月、能面の普及のために開館したそうだ。

 能面は、これまた長屋門に負けぬ堂々たる母屋で展示されている。玄関を入って左手、元は土間であったろう空間の壁一面に20点ほど。さらに、玄関右手の大座敷の奥にも、十数点ほどが飾られている。
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 一般に能面というと、いわゆる「女面」を思い浮かべるが、展示された作品を見ると、実に多彩な面があること、そして、その一つひとつの表情が実に豊かであることがわかる。

 「幽玄」と表現すればよいのだろうか。絶対に生身の顔ではないことは頭でわかっているのだが、自分の中の何かが妙に反応してしまう。そして、怒るでもなく、笑うでもなく、積極的な「意味」を打ち出さない微妙な表情が、見る者の心をざわつかせる。

 その一方で、狂言面のユーモラスな表情には、ほっと心救われる素朴さがある。面の一つひとつに解説も付いていて、「空吹<うそぶき>」と題されたひょっとこ面には、「お神楽の『火男』がなまって?ひょっとこ?となった」などと書かれてあり、興味を惹く。

 福山さんが、つてあって、この古い長屋門のお宅に移ってきたのは10年ほど前。家主からお借りするとともに、建物や所蔵品の管理も任されているそうだ。所蔵品は、以前このお宅で使われていた糸車鉄瓶行灯などで、一般には公開していないが、団体客や地元小学生の地域学習など特別の時に「鉄びん横町資料館」として公開されているという。「鉄びん横町」の由来は、別稿を参照されたい。
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 また、美術館では展示のほか、月に2回、開館と同じ日に能面教室を開催している。カリキュラムは、小面<こおもて>・<おきな>・増女<ぞうおんな>・中将<ちゅうじょう>・般若<はんにゃ>という5面。素人でも、おおよそ1年に2面程度ができあがるという。そのほかにも、北原町や新宿、川越などでも教室を持っているそうだ。

 古民家の凛とした空気に包まれて、古典芸能の世界を堪能する。なかなか張りつめた一時が過ごせる場所である。
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■能面博物館
■福山元誠さんインタビュー(『月刊武州路』より)

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2008-08-03

太鼓、よさこい、夜も更けて-ぷちろーど商店街七夕祭

 毎年、暑さも本格化するこの時期、七夕飾りが新所沢の一角をささやかに彩る。緑町4丁目、プラザシティけやき通り団地脇の「ぷちろーど商店街」。夜ともなれば季節の風情を漂わせる。
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 そんな「ぷちろーど商店街七夕祭」が今年もやって来た。毎年7月20日前後の休日に開催。飾り付けは、その数日前より始まる。

 ぷちろーど商店街は、わずか150mにも満たない小さな通りに、飲み屋を中心に理容室や歯科など、20店舗ほどがひしめく。七夕祭は、そんな小さな小さな街のお祭りではあるが、侮るなかれ、毎年数千人の人手で賑わう。
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 正午、早稲田ちんどん研究会の賑やかしで幕が開けると、待ってましたとばかり、新聞折り込みで配られた無料お楽しみ券を持った子どもたちが、一斉に金魚すくいに群がる。
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 大人たちは生ビールに焼き鳥にと、各店がこの日のために特別に用意した屋台に吸い寄せられていく。筆者も、馴染みのブロックヘッズでチジミなどをご馳走になる。普段、深夜の飲み助を慰めるこの店も、今日ばかりは昼間から営業。知った顔もちらほらと現れ、お天道様の下でちょっとだけばつが悪そうに呑んでいる。

 普段は持ち込みなどの非礼は当然御法度だが、この日ばかりは無礼講、あっちの屋台、こっちの店とひやかしては、好きなものを買って来る。
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 そう言えば、こういった地域のお祭りといえば、お客は子どもとその母親ばかりというのが常だが、飲み屋の多い商店街ゆえか、このお祭は大人の男も多いのが面白い。最近、店ではなかなか見かけなくなった顔などもちらほら。久々の再会に、また酒が進む。

 いまは川崎に移ったという知り合い夫婦も、今日ばかりはそれぞれの実家に里帰り。「このお祭りって、俺が小学生くらいからやってるよ。その頃はさあ・・・」と、旦那の思いで話にも花が咲く。立派に「ふる里の祭」になっているではないか。

 そうこうしてるうちに、威勢のいい太鼓の音が聞こえてくる。和太鼓サークル・堤桜の演奏だ。5人のチームは女性ばかりだが、なかなか小気味よい太鼓を聴かせてくれる。

 続いて、ところざわ武蔵瀧嵐ジュニア韋駄天のよさこい。ところざわ武蔵瀧嵐は、1999年結成のよさこい鳴子踊りのチームで、手作りの曲、振り付けで、総勢60人が全国各地のよさこいイベントで活躍している。ジュニア韋駄天は、小学生を中心にしたジュニアチームというわけだ。真剣な表情で、一心不乱に踊る姿は、なかなか心を打つものがある。
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 ちょっと昼飯を食べるだけのつもりが、結局ぷちろーど商店街を出たのは日付が変わろうかという頃。ついついお祭りの雰囲気に流されてしまった。しかし、それだけ楽しませてくれる、〝ちゃんとした〟お祭りだった。

 来年の開催日はまだ未定だそうだが、ぷちろーど商店街会長の米沢文男さんによれば、来年は1か月前からミニ七夕飾りを始め、各店で用意した短冊にお客に願い事を書いてもらい、飾っていくとのこと。さてさて、どんな願い事が集まるやら。



■インタビュー ぷちろーど商店街 米沢文男会長
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 この商店街の一角に炭火やきとり・ぶんぶくを開いて33年。ぷちろーど商店街の創設者で、現在も会長の米沢文男さんに話を聞いた。

--お祭りはどんなきっかけで始められたんですか

 近所の商店仲間と「所沢には所沢祭があるけど、新所沢にはお祭りがないねぇ」などと話していたのがきっかけで、それじゃ何かやってみようと、七夕飾りを立てたのが始まり。それが店を始めて6~7年くらいの頃ですから、もう25年以上前のことですか。
 そんなこんなで、その後に商店街を立ち上げて、ぷちろーど商店街のお祭りとしては今年で23回目。毎年50~60万円の予算がかかりますが、お陰様で所沢市の方から30%ほど支援を頂けるようになって、何とか続けてます。
 七夕飾りの竹も、いまは群馬の方の業者さんが持ってきてくれますが、最初の頃はそういうことも知らなかったので、近くの農家に分けてもらって自分たちで運んで、炎天下に2人倒れちゃったりしましたよ(笑)。
 いまは七夕だけですが、昔は春の運動会、冬のクリスマスと、年に3回もお祭りをやっていたんですよ。運動会では、あめ玉探しをやったり、専門の人にポニーを連れてきてもらって子どもたちを乗せたりと、けっこう盛り上がってました。


--太鼓によさこい、ちんどん屋と、仕掛けも色々ですね

 ここいらは、鎮守様があるわけでもなく、お囃子がありませんからね。やっぱり鳴り物がないと寂しいって言うんで、5年くらい前から早稲田の学生にちんどん屋を頼んでいます。彼らも楽しみにしてくれて、「ずっとやりたい」って言ってくれています。
 よさこいも今年で3回目。太鼓も今年で3回目かな、もともとお客さんで来てくれていて、「やりたい」って言ってくれたのがきっかけでした。


--どんな時、「やってよかった」と思いますか

 やっぱりね、子どもたちにふる里の思い出をと思ってやって来ましたから、そういう子たちが大きくなって、思い出してもらえるのが一番嬉しいですね。
 最近では皆さん楽しみにしてくれていて、「今年はいつ?何をやるの?」なんて聞かれることも多いですね。それから、商店街でも「年にもう1回、何かやりたい」なんて人も出てくるくらいです。


 30年の間に、商店街の顔ぶれもだいぶ様変わりしたと言う。でも、その頃の子どもたちが大人になり、またその子どもを連れて遊びに来はじめる。移住者の街、新所沢にも、少しずつだが、世代を超える思い出が紡がれはじめている。

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